僕には7つ下の弟がいる。
僕は弟のことが昔から苦手だった。と思う。弟について自分がどう思っているのか、去年辺りからよくわからなくなってしまった。
元々マザコン気味だった僕は弟ができてから母親に甘えられなくなったし何かあるとすぐ泣くし喧嘩になると歳が離れ過ぎていて全部僕が悪いことになったし、弟が話の通じる5歳くらいになった頃には結構嫌いになってた。
弟に何を言われても「は?」とか「うるさい」としか言わない時期や、お前はあれがだめこれがだめとしか言わないような時期もあったし、弟が小学校の高学年になる頃にはろくに話もしなかったと思う。
それでも弟はことあるごとに「お兄ちゃんお兄ちゃん」と寄ってきた。
嫌いとは言っても、憎いだとか縁を切りたいだとか言うほどではなかった。なんとなく鬱陶しいと思うくらいだった。のかもしれない。
病院で診断されたわけじゃないから何とも言えないけれど、弟はADHDっぽい所があって普通のことが普通にできないというか、本人としては普通にしてるつもりなのだろうけど普通とちょっとずれてる感じがあって、そこに苛々してしまって、でも心配で、心配だから色々教えるのだけど弟はそれができなくて、また苛ついて、でも弟はそんな心配なんか知りませんみたいな感じでいつも好き勝手やって親に心配や迷惑をかけて、それにまた苛ついてしまって、でも病気なのかもしれないと思うとどうしていいか分からなくて、一緒にいると苛つきと心配とで悲しくなってしまうから「弟が嫌いだから」と理由をつけて逃げていた。それでもニコニコニコニコお兄ちゃんお兄ちゃんと寄ってくる弟を見るとついこちらも釣られて笑ってしまいそうになって、その時は弟のことが好きなのだけどやっぱりまた悲しい気持ちになってしまう。だからつっけんどんな態度をとって近付かないようにしてるうちに優しくしたりだとか、普通に接する方法を忘れてしまった。
僕が逃げて勝手に嫌いと思い込んでしまった結果、どうにもこうにも雁字搦めになって動けなくなった。

中学生になった弟は僕に本当にそっくりだと思う。そこがまた苛ついてしまう。本来なら笑って見ていられるはずなのに。自分でそうしてしまった。
何をするにしても愚鈍で要領が悪くて頭でっかちで口だけは達者で行動は一つも伴わない、昔の僕と同じだ。でも「僕にもそんな時期があったな」なんて言う余裕が持てない。心配がどうしてもっとちゃんとできないんだという苛立ちに変わってしまう。
弟なりに色々考えたり反省したり頑張ろうとしていることがあることも分かる。分かるから優しくしたいのにできない。自分が優しくできないことに苛ついてそれを弟のせいにして苛ついて。


僕が実家を出てから半年経った。両親と電話をするときに電話の向こうで弟が喋ってるのが聞こえる。声変わりをしていた。多分、きっと、僕の話をしていた。
低くなった声で、でも昔と変わらない彼の特徴的な無邪気で鬱陶しいトーンで「お兄ちゃん」と言っていた。どんなに僕が嫌な態度をとっても弟は僕を無視したり僕に怒ったりしたことはない。ずっとお兄ちゃんと呼んで、話しかけてくる。いつかそのうちお兄ちゃんから兄貴とか兄さんとかお前とかに呼び方が変わってしまうのだろうか。僕は鬱陶しいはずの「お兄ちゃん」がなくなって寂しいと思うのだろうか。
お兄ちゃんと呼ばれている間に僕はちゃんとお兄ちゃんになれるのだろうか。なれなさそうだなと思うけど、できることならなりたい。