先週末、毎日通ってた道の途中にある大きくて古い家が取り壊されていた。

毎日毎日その家の前を歩いて、時々大きくて古い家だなあと思ったりした以外の思い出はない。その家の前で何かドラマチックなことも起こってないしただ毎日歩いたり自転車に乗ったりしながら通り過ぎただけの景色だ。壊される少し前から工事をする時特有の灰色のカバーをかけられていて、どこか大規模な補修工事でもするのかな?と思いながらも別に立ち止まりもせず見慣れないいつもと少し違う景色を横目に出かけたり家に帰ったりしていた。それが先週末の夜に通った時には工事をする時特有の灰色のカバーどころか家もなくなって更地になっていた。手品かよ。

無くなるなら無くなるよって教えておいてほしい。思い出はないけど3年間も毎日毎日朝夕と通りかかってきた仲なんだから。こっちだって、色々心の準備ってものがある。と言いつつも薄情なもので今日もいつも通りその道を通った時、一瞬その更地に元々何があったのか思い出せなかった。思い出せないことにビクッとしてから、必死になって大きくて古い家があったことを思い出したけど、たった一週間足らずのうちにその前のことを一瞬思い出せないほど更地に見慣れてしまうことなんてあっていいのかよ。

古いものとか思い出だとか、そういうものに固執してるってわけじゃないんだけど、たとえそんな大事じゃない記憶だったとしてもあんまり忘れたくないし、みんな忘れて「あれ〜あそこなんだったっけ〜〜」みたいになるのも寂しいから、忘れたくない景色だとか、人に見せたいものだとか、そういうの関係なく今後はなんでもかんでもバシバシ写真撮ってこうかなと思いました。

あれいいなこれいいなあの人いいなこの人いいなで物とか人の背中ばっか追いかけてきて23歳になったけど、いよいよ周りは知らないものだらけで追いかけてきた物も人も見失いました。ここらで自分で進む方向決めてかなくちゃな〜と思うけどどうしたものかね。って話をしてたら「お前の背中を追っかけたりその方向にヒントを見出してる人もいるんだからそこでいつまでも立ち止まってちゃだめだよ」って真剣に言われたのですけど、マジか〜と思う。こんなに道を外れてるのにな〜〜。とりあえずあれやってこれやってって常に提示され続けていたいけど、そればっかも嫌だし、本当にそんな人がいるのかも疑わしいけど背中追っかけてきてる人とか、そのうち僕の通る道の近くを通る人のために「ここ前も人が通りましたよ、道外れてるように見えるけどなんとか大丈夫ですよ」って教えられるための目印みたいなものを何らかの形で作れるような一年にするぞォ〜。するぞォ〜っていうか、自分が何やってんのかわかんなくてもそれが形を成すに連れてそういうものだったってわかるような感じで、その、そうやって?????いきたいですね?????????

出来上がったものを見て、これなんなんだ?ってなってる人たちも、きっとそれがそういう道標っていうか、後続の人たちに繋がっていくものなんだと思うんだよな。わかんないですけど。がんばりましょうね。

小岩に住み出してもうすぐ三年になる。学校もアルバイトも簡単なデートもこの町で済ませて、他の町で笑ったり泣いたり思い出ができても全部ここに帰結する。

東京下町特集なんてものがあってもあまり話題に上がることはない。都心からは遠いし、洒落たお店なんて両手の指で数え切れる程度だし、その数少ない洒落たお店や良い純喫茶は見向きもされず、町の人はみんな星乃珈琲やスタバに行くし、若者も少ないし、少し頭のおかしな人も多いし、治安だっていいとは言えない。糞みたいな町だ。糞みたいだけど嫌いになれない居心地の良さがあって、人には「糞みたいだけど良い町なんだよ、来てみてよ」って言う。誰も来ないけれど。都心からの微妙な遠さが、わざわざ行くほどでもないと思わせるのかなと思う。

僕がバイトをしていたパン屋も、そのパン屋でバンズを卸していたハンバーガー屋も、アボカドサンドが美味しい純喫茶も、店主がやたら距離の近いカレー屋も、トーストが美味しいジャズ喫茶も、600円でピザが持ち帰れるピザ屋も、老夫婦が手を繋いで行く銭湯も、昼間から老人たちが飲んでるモツ焼き屋も串焼き屋も、朝から晩まで家があるのかないのかわからない老人達が座ってる駅前も、フラフラと二人乗りしてる老人の自転車も、池田大作を馬鹿にした歌を歌いながら同じところを何往復もしているキチガイも、大きい声で電話をしている立ちんぼフィリピーナも、狭い道をガンダッシュしてる子供達も、春夏秋冬朝から晩まで全部良い江戸川も、24時間開いてるTSUTAYAも全部全部良いのに、何がどう良いのかを上手く伝えられないのがもどかしい。全部良いんだよ。

実家の周辺とは何もかもが違うのに懐かしい気持ちになって安心するし、ほぼ何もないと言ってもいいくらいの糞みたいな町だけど色んな人とかものが見られて、色んな気持ちになれる町で、好きな町です。

日記の下書きがすごい勢いで溜まってる。書いてる途中で違うことが書きたくなったり、これは今書くことじゃないやという気持ちになってばかりで、結局書き上げずに下書きにポイしてる。これも下書き行きだろうなと思いながら馬鹿みたいに寒い真っ暗な部屋でポチポチ文字を打っています。指がかじかんで打ち直してばかりなのも日記が書き上げられない理由の一つにしますね。夏の終わり頃くらいから書けてないけど。

それにしてもみんないなくなる。いなくなるというか、いるし連絡も取れるし会おうと思えば会える。リアルタイムで何してるかを知ることもできるし(SNSってすごくないですか?怖いくらいですね)問題は物理的な距離だけだ。僕は今地元を離れて東京に住んで2年強で、以前も1年だけ住んでいたから計約3年だ。3年もいれば多少友達だってできるし、同時期に上京した友達だっている。そういう、地元を離れて一緒にいる友達たちが最近どんどん地元に戻っていってしまう。それを責めることはできないしそんなつもりはさらさらないけれど、やはり寂しい。地元に戻っていってしまう友達たちそれぞれに理由はあるんだろうけど、一人でいるのが寂しいっていうのを結構聞きました。俺もお前がいなくなるの寂しいよ寂しかったんなら言ってよいっぱい遊んだじゃん東京楽しいじゃんもっといっぱい遊ぼうよって言いたいけど、まあなんか、寂しいと思った時に助けを求められる対象として僕は上がらなかったのかと思うとヤバい気持ちになりますね。ヤバいわ。多分そういうことじゃないとは思うけど、思わないようにしてるけど。ヤバいな〜という気持ちになった時には言ってくれよできることはなんでもするよと思うくらい友達たちのこと好きなのでやはりめちゃくちゃ寂しい。遊んだ回数が少なくたって喋って楽しけりゃもう大好きなので全員もっと俺を頼ってくれよ全然頼りないとは思うけれども。頼むよ。

東京が好きで東京に出て来て、東京楽しいな〜と思ってもっと好きになってたけど、友達たちがどんどん東京からいなくなっちゃうと、なんか、東京、あれ?ひょっとしてそんな楽しくない?ってなりますね。友達いない時でも楽しかった気がするけど、友達いた方が楽しかったし、それがなくなっちゃうと相対的に楽しくないような気がして来ちゃってね、こんなね、人がいないと無理なんです!みたいな人間じゃなかったと思うんですけど。寂しいわ。

下書きにならなそうでよかった、よかった?よかったのかな?わかんないけどまあ、はい。

じゃあ、ありがとう。またね。気をつけて帰ってね。

誰と会って何をしても帰り際に言う言葉がこれ。何に対するありがとうなのか分からなくてもありがとうと言って、次はないかもしれないなんてことをこれっぽっちも考えてないような顔をしてまたねって言う。気をつけて帰ってほしいはその都度本当に思ってる、と思う。無事に帰り着いてくれたら、少なくとも「また」の可能性が0になることはない。また会いたいとかもう会いたくないとかあまり考えてはなくて、残せる可能性は残しておきたくて「また」を使う。自分の為の「また」と多分相手を思っての「気をつけて」。今気をつけて帰ったって、明日になったら世界が終わってるかも、なんてことはなくても、僕か相手かどっちかが終わってるかもしれない。それでも、また。

またねを色んな人として色んな人と「また」を無くしてを繰り返して多分その都度色んな気持ちになってきたんだと思うけれどほとんど忘れた。出来事も気持ちも思い出せないことばっかりなのに、駅に消えてく人を見送ったり、自分が改札を通り抜けるその瞬間に、具体的な記憶や気持ちを伴わない感傷が押し寄せて泣きそうになる。また、と言う言葉を飴玉みたいに口の中で転がしながら色んなものを目に映しながら何も見ないで帰って、また色んなことを忘れて暮らして、誰でもいいから誰かに会いたくなって、誰でもいい誰かを選びたくなくて、誰にも会いたくなくなったりしても、誰かが遊んでくれて、じゃあ、ありがとう。またね。気をつけて帰ってね。

引っ越しの手伝いをしました。引っ越しの手伝いいいですね。

荷解きして、どこに何を置けば最高になるのかを話し合いながらだらだらと2日かけてやったけど、全然片付いていない部屋で空にした段ボールを机にしてビールを飲んで蕎麦を食べに行って。新居を決めた理由が「美味い蕎麦屋が近くにあるから、そこで引っ越し蕎麦を食べたくて」なのがいいなと思いました。

荷解きをしている最中に、こんなの引っ越しを機に捨てたらいいのにと思うものがたくさん出てきて、それが楽しかった。最低限生活に必要なもの以外のいるものいらないものはそれぞれの人の尺度で違って、捨てられないゴミとその理由を考えるのは少し悪趣味かなと思ったけど、そんなことを気にする間柄でもないのでズケズケと土足で心に踏み入って色んな話を聞いた。今度は荷造りから手伝っていらなくなってしまったものを見て、その理由を聞いたりしたい。

 

久しぶり、とりあえず、そうだね あ、煙草吸えるところでもいい?ありがとう いやそれにしたっていつぶりだろう、思い出せないな、2年?3年?そんなに?そうかあのみんなで集まった時以来か、そりゃあ久しぶりだよな、なんとなく緊張しちゃったもん ああいや、でも、うん 会ったらいつも通りだな 何も変わらない、いや変わらないってことはないんだけど あ、俺アイスコーヒーで、うん それで、なんだっけ、そうだ変わんないってことはなくて、なんかやっぱ雰囲気変わったよな 老けたっていうか あはは そりゃまあ俺は変わらないよ、昔から老け顔のまんま、今が正しい状態 お前らは働き出して俺は無職で、顔も状態も俺だけ時間が止まっちゃってるよ、いや笑い事じゃあないんだけどさ そういえばあいつに会ったよ うん、そう あいつとは割と顔合わせることが多いんだけど、そう、住んでるとこ近いんだよ 頻繁に会うと麻痺するんだけどやっぱお前とかあいつとか、顔見るとなんとなく安心するよな、つって、キモッ、あはは ああ、なああれ覚えてるか?冬に歩いて行こうとしてやめたあそこ、次の年だっけ?夏にみんなで自転車で行ったよな、で、その次の年の夏はまた夜に歩いてった そうそう しんどかったよなーあれ みんなで外で横になってだらだら喋ってさ なんせ帰りがキツかったんだけど またやりたいなーって思うよ あんな楽しかったこと まあ、でも、もう難しいよな、まあ、いいんだけどさ、また近いうちあいつらとも時間合わせてみんなで集まれたらいいな、それも難しいだろうけど、まあそれでも、あはは、俺もう一杯コーヒー飲むけどお前は?え?もう?うん、あーそっか、大変だな、頑張れよ ああじゃあ、またな、また、おう、気をつけて行け、あはは分かってるよ、分かってる うん、じゃあ、またな

 

すいませーん アイスコーヒーください